「やさしくなりたい」 という願い [『 ‘ 風 ’ を説く無造作おじさん 』]
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公園の街路樹通りのベンチで、たいやきを食べていた。
これと、ホットコーヒーが絶妙に合う。
ホットコーヒーは、大福とも合う。
浮浪者風の初老の男が近づいてきた。
ん? あれは、こないだ大戸屋で話しかけてきたおじさんだ(「風にたゆたう答え」)。
「よぉ~!」
と言って、隣に座ってきた。
やれやれ。僕は、人の目を気にして、思わず左右を見た。
このおじさんと知り合いと言えなくもないので、無視もできない。
「どうだい。神さまと話せたかい?」
開口一番、それかい。
僕は、また左右を見てしまった。
「もちろん、話せてないですよ。そんな簡単なもんじゃないでしょ。」
「そうか。」
会話終了!
と思っていたら、おじさんは、じっと僕の顔を見ながら言ってきた。
「おまえの顔、男気があるな。」
「オトコギ? 僕の顔がですか?」
何を言っているのだろう、このおじさん。
「どういうことですか?」
「たとえば、おまえ、人に足を踏まれたら、怒るだろう?」
「ええ、まぁ。」
「怖い顔になるだろう。」
「なりますねぇ。怒っているわけだから。」
「どうして。」
「踏まれて、痛いからですよ。」
「踏まれたのは足だぞ。足が怒ればいいじゃないか。」
「はぁ?」
何だ、この会話は。僕の怪訝な表情にはおかまいなしに、おじさんは続けた。
「顔と足。結構は距離だ。たとえば蟻にしたら、ちょっとした遠出だ。おまえだったら、すぐタクシーを拾おうとするだろうよ。」
確かに。僕は、歩いて5分の所へ自転車で行く男だ。ん? いやいや。蟻の場合は、蟻の頭と足の距離だろう、そこは。
と、僕は心の中で突っ込んで、彼の話を聞くことにした。
「足を踏まれて、おまえの顔は怒りの表情になる。踏まれたのは、足なのに。つまり、おまえの顔は、人のことを我がことのように怒った。一瞬にして。」
「それは、顔も僕。足も僕。一体ですから。蟻にとっては長距離でしょうが。」
「そうか、そうだったな。もともと一体だもんなぁ。なるほど。それで、俺は、おまえの顔を見て、男気を感じたんだな。」
男気。この言葉に、おじさんは、どういう意味を込めたんだろうか。
自分の理念によるポーズとか他人の評価とは関係なく発動する優しさ。
みたいな?
少なくとも、僕に、それがないことは確かだ。
そのことを、僕は、事あるごとに確認させられて、その度に、寂しくなるのだ。
「もともと一体のものを、一体にすることはできないよな。」
そう言って、おじさんは、よいしょと立って、どこかへ歩いて行った。
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