キャバクラ・ミッション⑥(キャバクラ大作戦!改め) [出かければ場違い ─僕と‘外’の関係─]
今回は、誰が何と言おうと‘無指名’で行かなければならない。僕のポーカーフェイスの奥には、そんな決意があった。
前々回(④)で誓い、前回(⑤)で、優柔挫折した無指名作戦だ。
「ご指名は?」
「なしで。」
この言い方は、実は適当ではなかったようだ。
フリーで。これだ。指名しない時は、こう言えばよかったのだ。
何事も、徐々にしか学べない。
その日、1時間半、僕は店にいたのだが、その間に5人のキャバクラ嬢が回ってきた。
1人目、ユウ。2人目、のん。二人とも、身長が170cm以上のスラリとした長身だった。
二人との話題は、やはり背の高さに傾いた。2人目ののんは、今日が初出勤だという。そういう初々しさは、ここでは、それほど意味がない。このあと、いっしょにホテルに行けるというのなら、その事実は相当な価値を持ったのだろうが。
3人目の藍も、前の二人ほど長身ではないが、スラリとした体系の美人だった。日テレのベテラン女子アナの石川牧子を若くしてグレードを上げた顔立ちの子だ。
ここに入って一か月半だという。僕のキャバクラ歴と同じくらいだ。
図らずも、僕がこの店に来るようになってからのこれまでの成り行き(キャバクラ代作戦①~⑤)を、僕は、この子に話していた。話す必要のないことだ、たとえば僕が、ここへ癒されるために来ているわけじゃないなんてことは。でも、これからも基本的に僕は、指名なし…いや、フリーで通うつもりだから、話しておいた方が良いという面もある。キャバクラ嬢にとっては、ある種不可解な通い方ではあるのだから。
柔らかく、くだけた感じで話したが、内容は理屈っぽい。
「その女の子(未紀のことだ)には、失礼な話なんだけどね(気に入ったという理由ではなく指名していたということ(大作戦②))。」
僕のこの言葉は、このキャバクラでいろいろ学んできた今でこその言葉だった。
僕の話に対する藍の言葉は、意外だった。
「でも、言ってること分かる。話、分かりやすいよ。」
あ、危ない。好きになりそうだった。次、この子を指名しようかと、一瞬思った。
藍は、未紀が、このところずうっと来てないことや、(僕をメールでなじった)みどりが(大作戦③‐弁明)、この店のNo.1であることを話してくれた。
会話の途中、藍が、ふと微笑んだ。
妙なる微笑だった。美の表情だった。
「あ、今、すごく、いい笑い方したね。今の、わざと?」
と、僕は思わず聞いてしまった。
何か、女優的な表情だったのだ。
もちろん、偶然だろう。でも、そう聞かずにはいられなかった。
その時、その言葉はリアルで、僕自身もリアルだった。
「ん~ん、わざとじゃない。」
「鏡で、練習した表情じゃなくて?」
と、僕は、たたみかけていた。
時間だ。藍が、店員の男に呼ばれた。ここを離れる時間だ。
次に、横浜から通っているという子が来た。その子の性生活のことはわからないが、世間的にうぶな子だった。
その子も時間で去り、少し、一人の時間が流れた。女の子たちが僕のことを知っていて、来たがらないのだろうか。考え過ぎか。などと考えていると、さっき2人目に来たのんが、再び来た。
「また来ちゃいました。」
のんは、今日初めてだからまだ慣れていなくて、どうしていいのかよくわからないということを、何度も言っていた。そういうエクスキューズを言いたい気持ちは、よく分かるが、プロとしてここに座っている以上、そんなことは言うべきではない。みどりは、たぶん、そんなことは、初日でも絶対言わなかったことだろう。別に、そんなのんに反感を感じたわけではない。もともと、僕は、ここで見事なサービスを求めているわけではないのだから。
僕は、のんの離れ際に言った。
「もっと強気で行かなきゃ。スタイル、そんなにいいんだから。」
「はい。成長していく過程を見守ってください。」
やれやれ。
その後来たのは、あの大阪弁の女だった。気が進まないような表情に見えたのは、気のせいだろうか。前に、僕にアドバイスという名の説教をしてくれた女だ(大作戦③‐3)。観奈(かんな)。今回、はっきり名前を覚えた。
時計を見ると、1時間半になろうとしていた。
「来て早々で、なんだけど、そろそろ時間なんだよね。」
たまたまということを言ったが、避けたと思われたかもしれない。
店員に伝票を出した。と言っても、すぐ出なきゃいけないわけではなく、そこそこの話す時間はある。
話は、普通にはずんだ。
それほど、くだけて笑わないのは、この子の最初からのキャラだ。気にしない。
観奈が去った後、若い副店長が来た。フリーの客には、これまで回ってきた女の子の中から、最後にひとり指名させるというシステムがある。僕の今日のNo.1を聞きにきたというわけだ。もちろん、会計後の話、指名料はいらない。
僕は、藍をリクエストした。
ほどなくして藍が来た。でも、藍は、僕が、ここへどんな動機で来ているのかを知っている。つまり、今指名されたからといって、がんばってサービスしても、こいつ(僕)からは今後指名が取れない、やりがいがないということだ。
藍は、また、僕に意外性を見せた。
「メールしていい? アドレス聞いてなかったよねぇ。メールしちゃダメ?」
僕は、ちょっとうれしくなったが、戸惑った。
「君みたいなきれいな人にメールもらえると、トキメくけど…、でも、君にはメリットないし……。」と、引きこもったようなネガティブな言葉を、僕は思わず、ぼそっと口にしていた。
彼女が差し出したメモ用紙に、僕のアドレスを書いた。
「これ、携帯のじゃないでしょ?」と、藍は言った。
「うん。」
「携帯の方がいい。」
僕は、携帯のアドレスを暗記していないので、携帯を出して画面に表示させて書いた。
「ここは、ドット入るの?」と、藍。
「うん。入る。」
紙を渡し、僕は席を立った。
帰りの見送りは、もちろん藍だった。
「メールするね。」
でもなぜ?
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