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愚か者の知性 [丘の上から]

 総じて、僕は厭世的である。
 それは、高尚な厭世観ではない。厭世観に高尚も低俗もないのかもしれないが。
 僕は、不正に対する怒りが、人に比べて薄い。
 とういうのも、いわゆる正義というものの確かさは、基本的には、その人の知識の量と幅に比例していると思っているからだ。
 子供にでも分かる善悪という言い方があるが、子供は視野が狭いために、基礎教育で教えられたばかりのことを得意げに繰り返しているだけである。視野の狭さゆえの残酷さを発揮することも多々ある。
 「あの子は、頭は悪いけど、気立てのいい子なんだよぉ。」と言っても、頭が悪ければ想像力も低いので、悪気なくやったことが、はた迷惑になる可能性が高い。
 そういう意味でも、僕は、不正に怒り、義憤に燃えるほど、能力の高い人間ではない。
 もちろん、だからといって、はた迷惑を気にせず傍若無人に生きてやるということではない。
 よく裁判で問題にされるポイントで‘責任能力’というものがある。
 仕事の役割などで生じる責任ではなく、犯罪がらみで他者が絡む倫理的な責任の能力ということになると、これは、他人が推し量れる類のものではないと、僕は思っている。
 そういう責任能力の有無を分けるのは、本人が実際に感じている事実だけである。
 あればある、なければないという事実があるだけである。さらに、その時、問題とされている責任を現に感じられない事実があるということの責任は、その本人に、どこまで問えるのかという疑問が生じる。
 そこは、ひっくるめて、結局‘自己責任’ということで割りきるわけだが、あえて、そこへ帰着する過程をたどってみよう。
 まず、人に害を及ぼした責任を感じられる感覚のあるなしは、どのように決まるのだろうと考えると、普通に思い浮かぶのは、その人間の生まれ育った過程における環境の条件づけによるということになる。環境は、その人にとっては偶然だから、責任能力というのは偶然の産物ということになる。
 つまり、ニュースで毎日のように取り上げられる忌むべき犯罪者は彼であって、自分でなかったのも偶然ではないか、という論理が成り立つ。
 これに対して、「いや、劣悪な環境で育っても、犯罪者にならない人間は大勢いる。」という反論により、めでたく元の自己責任論に落ち着くというわけだ。
 
 この自己責任論には、個々の人間には、その人の知識や体験とは別個に主体性なるものが備わっているということが前提されている。そして、その悪なる主体を、善良なる主体が裁くというわけだ。
 その人が生まれた瞬間から蓄積されてきた知識と体験を離れた、その人個人の主体とは何だろう。
 宗教的な主張や哲学的な説は、いろいろあるだろうが、実際のところ、ほとんどの人間はその主体の正体を知ることなく死んでいくのが事実であろう。
 つまり、悪なる主体、善なる主体の想定は、少なくとも不確かなものということになる。そうである限り、基本的には、人間には他人を裁く資格はなく、そして、何人にも責任能力はないということになる。
 これは、すべての犯罪を許したり、目をつぶったりせよということではない。人を裁く作業は、それ自体に正義があるわけではなく、あくまで人間社会の秩序を守るための便宜でしかないということである。
 責任能力という概念の無根拠性を自覚し、その自覚から生まれる、自分自身の考え、発想、信念、確信に対する謙虚な感覚。それは、重要な知性ではないだろうか。
 この知性は、生まれながらの脳の働きとしての能力の優劣に関係なく持てる知性であると、僕は思っている。
 
 「汝自身を知れ。」
 
 というソクラテスの言葉が伝わっている。
 この言葉は、万人を励まし、万人を叩ける言葉だと思う。
 この知性は、例えばIQが高いという理由で持てる知性ではない。
 傲慢な精神が振舞う意図的謙虚さではなく、本当の単純な謙虚さだけがもたらす知性だからだ。
 この知性は、人が、他人を非難することの快感に、無自覚に走っている事実を見る。人が、日々求めている幸福が相対的な幸福であるため、どうしても自分との落差、あるいは他人の不幸を必要としていることを見る。他人を非難することに酔ってしまう人の内側には、優越性への願望があり、それは往々にして、怒りの感情をもたらすことを見る。そして怒りの感情は、自分自身の身体の健康を損ねるのだが、それによる興奮それ自体に精神的高揚と快感をもたらす働きがあることを見る。人が怒りと共にある時、絶対正義の感覚があり、それゆえに、その時享受している快感は自己中心的なのではあるが、確かな感覚なので、誰もがそれの虜になり、やめることができないという事実を見る。
 
 僕がいつも厭世的になるのは、この知性ゆえだろうか、あるいは、それのなきゆえだろうか。

 

 

 

 


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