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オリジナルな1行 [古典ポップス体験]

 良い思いつきは、図らずもという時にやってくる。そして、すぐに忘れる。
 いいアイディアが思いついたということだけ覚えていて、内容を忘れたということもよくある。
 それを惜しむ人は、メモ魔になる。
 
 あのビートルズのジョン・レノンも、子供の頃、思いついたことをよくメモしてポケットに入れていたという。
 当時、彼の世話をしていた叔母が彼のズボンを洗濯する時、その紙片を捨てようとしたら、ジョンはこう言ったという。
 「それ、僕が将来有名になったら価値が出るから捨てないほうがいいよ。」
 自惚れや自信というよりは、その紙切れに書かれていた表現に、彼は、純粋に価値を感じていたのだろう。
  
 僕たちは、入れ替わり立ち代わりする思考の断片と共に生きている。
 1つの断片が立ち去り、別な1つの断片が中心に来る。
 だから忘れるし、忘れたことも忘れる。
 ミュージシャンが、良い詞やメロディを思いついたら、すぐに書き付けたり、簡単な録音機材(ルス録や携帯)に吹き込むというのは、よく聞くところだ。
 曲と詞が同時に降りてきて一気に書き上げるということも、まれにあるようだが、おそらく多くは、ふだん思いついた言葉やメロディの断片を敷衍したり、つないだりしているのだろう。
 
 スピッツの草野マサムネの詞は、まさに断片的な光景やエモーションの羅列と言って良いと思う。
 彼の作品の多くは、詞全体としての意味の整合性がない。
 僕は、それで良いと思うのだ。
 歌は、小説ではない。その中に現れる叙景、叙情、物語の描写が、僕たちの情緒を、スマッシュ的に動かせれば良いのだ。
 
 1行でいい。
 贅沢は言わない。
 一つの曲に、オリジナルで、真実を突いた表現が1行あれば十分だ。
 ある時期以降、CD売り上げベスト10に入るような曲のほぼ全てに、そのような言葉が1行もないように思えるのは、僕だけだろうか。
 
 たとえば、僕は、草野のこんな詞に惹かれる。
 
  壊れながら君を追いかけてく
                     (「冷たい頬」 スピッツ)     
 
 情緒的な感動は、解釈より先に心に届く。その意味で、能書きはいらないのだが、敢えてその理由を事後的に解いてみよう。
 壊れているもの、あるいは壊れつつあるものは、何なのか?
 それは、‘自我’であると、僕は表現したい(壊れすぎると、精神疾患ということになるが)。
 本当に恋に落ちた時、僕たちは自我(の安定性が)が壊れる。逆に言えば、自分の自我が壊れていくのを感じ取れたら、それは、恋である。
 壊れるということ。それは、必ずしも全面的に悪いこととは限らない。
 
 自我の壊れがもたらす効能がある。
 心の解放である。
 愛と呼ばれる心境は、おそらくこの解放感の中で生じるのだ。
 解放感が癒しをもたらし、それが充足感となる。
 僕たちの誰もが恋愛を必要としているのは、それこそが、人に最も平等に与えられた心の快感へのルートだからなのだろう。
 
 ところで、自我が壊れることが解放をもたらすという事実は、何を意味するのだろうか。
 
 僕にとって、自我を維持することは、もうそれだけでストレスである。
 いつもどことなく不安感や不快感が横たわっているのは、そのためなのだと、僕は思っている。
 以前、そんな実感を、詩で綴ってみたことがある。

  理性を保つだけでも
  きっと、ストレスたまってる
  首尾よく生きるために
  損しないために
  自我は必要なのに
 
  その自我が、苦しみのタネ
 
  夢中になって自我を忘れる
  無我夢中
  おっと待てよ
  そんなことしてたら
  生活の糧を失うかもよ
  大事な人を失うかもよ
  不安になる
  首尾よく生きなきゃ
  安全に生きたいし
  安定を守りたいし
  そのためには
  自我が必要
  でも
 
  その自我が、苦しみのタネ
 
 
 僕たちのほとんどの最重要関心事が、恋愛とセックスである理由。
 それは、‘壊れたい’ということ。
 
 自我を維持することで、自分の安定を守るか。
 それが壊れるにまかせて、解放を得るか。
 To be or not to be.
 究極を言えば、それは、二者択一なのかもしれない。
 
 究極の恋愛は、あまりに無防備で危険なので、僕は、壊れた自我を修復することで、二人のつつがない継続を望む。
 実際のところ、生きることは、そんなバランスのプロセスでしかない。
 
 スピッツの「冷たい頬」を聴きながら、僕は、「壊れながら君を追いかけて」いる瞬間にだけ存在する恋愛を追体験しているのかもしれない。
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  


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