郷愁と幻想のポテト [見て取られた自己]
ふと、親孝行‘企画’を思いついた。
道場六三郎の店に、なんとか予約を取って、母親を食事に招待する。
たぶん、相当ハイレベルではあるが、わかりやすい味だろう。その美味しさに驚きさえするかもしれない。
僕は、その時、こう言うのだ。
「でも、あの時(僕が子供の頃、作ってくれた)食べたポテトサラダには適わないな。」
客観的な意味では、そういうことはあり得ないだろう。
だが、そこに嘘はない。
食べ物を美味しく感じる要素は、主観的な条件や、その時のシチュエーションに左右される。
そういえば、小学生の頃、父親が留守の時、母親、兄貴との3人で、バラエティ番組を見ながら食べたポテトチップスの美味しさは格別だった。いつもは、チャンネルの主導権は父親にあり、NHK中心のお堅い番組ばかり見せられていた。また何より、父親がいる時、その空間は緊張感に満ちていた。
あの時のポテトチップスも、それ自体の味に、別な効果が加味されていたのだろう。
今、相当な種類のポテトチップスが売られている。新製品も次々に出てくる。僕は、いろいろ食べてみるのだが、あの時と同じ味のポテトチップスには出会えていない。
確か、「ママ これ!本舗」というところから出ているポテトチップスだった。
調べてみた。まるで、それが夢の中の出来事であったかのように、その製造会社名は、ネットの検索に全く引っかからなかった。
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