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あるキチガイの再出発 [独りっきりで生活費を稼いでみる]

10月いっぱいで、会社を辞めた。

そんなことをブログで書くと、‘インターネットビジネス’ と称する売り込みのメッセージが入ってくる。
その多くは、「稼げる方法を教えます。」 「まずは、メルマガ登録して下さい。」 といったものだ。
少し調べてみると、その勧誘自体が、彼らのインターネットビジネスなのだ。
かと言って、必ずしも、「ねずみ講」 のような騙しではない。
彼らのインターネットビジネスがビジネスとなる、つまり利益を出し続けるためには、顧客に、実際に利益をもたらす(少なくとも恩恵を受けたと感じさせる) 必要がある。
このビジネスには、そんな構造があることが分かった(ネットというものに、ある程度、精通している人にとっては常識的が知識のようだが)。

とにかく、僕は、仕事を失ったのだ。
これからは、生活費が枯渇してゆく一方である。
世界の経済は、少なくとも先進国では、収縮の方向にある。
景気の波が繰り返されるだけの時代が終わり、資本主義経済自体は、もう袋小路に入っているようだ。


とりあえず一人で始められるインターネットビジネスに参入してみようと思う。

確かな希望は、正直、ないが、今できるほかの選択肢もない。
というのも、誰もが自然に共有できる社会の価値観に、僕は、人一倍馴染めない人間であるし、適合能力も、それへのモチベーションも、さらに社交性も低い。
そんな事実が、僕の条件だからだ。

ふつうは、いけしゃあしゃあと、そんなことは言わないし、黙って改善を考えるだろう。

でも、そこは、あのSMAPのヒット曲を間に受けて、「もともと特別なOnly one」 として、世界に一つだけの花を咲かせようと思う。
‘ 僕は、こうだ!’ と。
できれば、みんな一人一人に同じ価値があるなら、僕も、中居君と同じ年収がほしいところだが。

冗談はさておき、僕が共有できない価値観の最たるものは、あの誰もが無条件に受け入れる金科玉条の言葉、「成長」 である。

‘ 人間的に成長’ と言われても、その人が、漠然とイメージしているいわゆる成長というものに、関心がないのである。

だから、その人が善意で勧める行動へのエネルギー、つまりモチベーションが湧かないのである。

そんな不適合性を自覚しているだけに、会社を辞めた瞬間は、心臓の調子や呼吸の状態に影響を与えるほど不安だったが、今は、妙なことに、自由を満喫している。

会社にいた頃も自由だったのだが、そんな状態で給料をもらい続けるなんて、そう続くものじゃないと思いながら、数年が経っていた。

辞めるまでの間、ほとんど仕事がないまま、小さな事務所の責任者として、ただ ‘ 居た’ と言っても過言ではない。

たまたま状況的に、それが許されたのだ。

今さら尾崎豊の歌じゃないが、子供の頃から、漠然と‘ 自由’ を求めていたところがある。
「人の自由を束縛するな。」 と同級生に言う小学生だった。
意図に反して、その言葉が、彼らに‘受け’た。
「こいつ、おもしろいこと言ってるぜ。」
「なぁ、さっきの、もう一回言ってくれよ。自由を?」
と、からかわれた。

あれから多くの歳月が過ぎ、ある意味、本当に、その願いが実現していたとも言える。

誰もが、目の前の具体的な人や出来事に日々対応し、それに修正を加えながら生きている。基本的に僕もそうなのだが、その一方で、会う人たち、起きている事象、もっと言えば、それらを含めた ‘世界’ と自分の関係というふうに捉えることが、他の人より多いのかもしれない。
例えば、「就職しなきゃ。」 とか、「食うために何か仕事を見つけなきゃ。」 というよりは、「この社会は、僕を養うだろうか。」 みたいに考えるのである。

やや大げさな言い方をすれば、

何かをする。それは、僕にとって、‘ 世界’ への問いかけなのである。

そして、できた、できなかったという結果が出る。

それは、僕にとって、‘ 世界’ からの答えなのである。


あるいは、香山リカとかに、一回、カウンセリングでもしてもらった方がいいのかもしれない。


今回、インターネットビジネスをやるにあたって、‘ 世界への問い’ と ‘ 世界からの答え’ を、この場で、つぶさに記録してみようと思う。

まるで、フィールドワークのように。

もちろん、読んでくれる人は、あくまで個人個人なのだが、その事実を総体として捉えれば、ある意味、神々が読んでいるとも言える。

やっぱり、精神科医、受診した方がいい? 俺。


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とにかく、ビッギーン! 尻に火がついてるし。 [独りっきりで生活費を稼いでみる]

さて、メンターを探すと言っても、どうやって?

インターネットビジネスの先達、成功者、あるいはカリスマとなっている人は、ちょっと検索すれば、すぐに出てくる。

だが、そういった人たちは、とりあえず、メンターの対象には、なり得ない。

なぜなら、彼らが、僕のようなネットビジネス初心者に対して、ある程度、細かな指導ができる状態にあるとは思えないからだ。

せいぜい、高額セミナーの一生徒と講師という関係の中で学習させてもらうくらいだろう。

仮にコンサルという形で、指導を受けようものなら、相場は知らないが、とても払う気にはなれない料金を取られることは想像に難くない。

おそらく、それに見合った価値はあるのだろうが、まだ、僕は、それを価値として認識できる段階に達していないと考えられる。

いずれにしろ、今は、ノウハウそのものの価値の多くの部分が、僕にとっての実際的価値にはならないだろう。


そうは言っても、メンターを見つけるまで、何も始めないというわけにも行くまい。

何しろ、僕は、今既に、失業者なのだから。

とりあえず、右も左も分からない初心者が始めるための何か具体的方法論が書かれたテキストが必要だ。

そのテキストに当たるものが、どうやら‘情報商材’ と呼ばれているものらしい。

ざっと調べてみると、これが、一般の書籍と違って、最低でも1万円以上はするのだ。

ネット上で購入し、基本的にダウンロードによる受け取りなので、その値段は、文字通り、情報そのものの価値だけに付けられているのである。

購入者によっては、「もっと良いものがあるはず」と、そういった商材を買いあさって、結果的に情報商材コレクターになり、それによる利益そのものは得られていない人も少なくないと聞く。

まぁ、そういった商材を買う時点で投資なのだから、多少の損失リスクは、前提とするべきだろう。

とは言え、できれば、そのリスクを少しでも軽減したい。

そこで、そういった情報商材をレビューしたサイトを複数見比べるところから始めようと思う。

運が良ければ、メンターが、その過程で見つかるかもしれない。


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導いてくれ、僕の望みよ。 [独りっきりで生活費を稼いでみる]

それにしても、何と多いことか、情報商材のレビューサイト。

やれやれ、レビューサイトのレビューサイトが必要なくらいだ。

丹念に見ていこうとすると、めまいと共に、思考停止が起きる。

どうやら、僕には、サイト(あるいはメンター)を選ぶ前提となる知識が、あまりに欠落しているようだ。

これでは、船頭のいない舟で、大海原に出て行くようなものだ。


ここは、あえて、選ぶ基準を持つ必要がある。

今の僕に基準があるとしたら、

レビューを書いている人の文体と、そこから現れる、その人自身の人生に対する‘立ち位置’ だろう。

もちろん、実績の裏付けは必要だが、それが巨大過ぎたり、目的が利益の増大化に特化され過ぎている人だったら、僕の気持ちが引けてしまう。

僕が、今、望んでいるのは、‘自由’ のための、ちょっとした経済的自由だ。

そこをクリアしている人であれば、問題はない。

できれば、人生へのスタンス、在り方のメンタリティに共感が持てる人から学びたい。


自分のニーズを挙げてみたら、図らずも、的が絞れてきたようだ。

まがいなりにも、一応、取捨選択の基準ができたので、気持ちを新たにして、サイトを見ていくことにしよう。

とはいえ、そんなことに何日もかけるような悠長な状況ではない。

今、僕は、失業しているのだ。

インスピレーションの発動と決断が迫られている。
  


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